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格言の宝庫!【明日死ぬかもしれない自分、そしてあなたたち】山田詠美

こんにちは!
本日は切ないのがお好きな長女ミカヅキモがパワープッシュしたい、
山田詠美さんの作品をレビューしちゃいます!
山田詠美さんの、芯の強さみたいなのに惚れ込んでいるヅキモ。
この作品は、山田さんの作品の中でも上位にあがる作品◎
ぜひ読んでってね~!

喪失の後の、失えない物語

ちまたに溢れる小説は、どちらかというと
誰かが死の宣告をされ、
その余命のあいだを取り巻くことが描かれているのが一般的ではないだろうか。
この本は、キーパーソンとなる兄・澄生が最初の数ページで雷に打たれてあっけなく、
死ぬ。
あっさりと。もうほんとに驚くスピード展開で。

そこから、澄生をとりまく家族の喪失の物語が始まる。

まずこの小説を読んで思ったのが、
《死んだら終わり》は、死んだ当人だけ
ということ。
周りの人たちの喪失はそこから始まる。
澄生の本当の親、義理の父、実の妹、義理の弟、喪失の形は皆が違う。
恐ろしいのは、たった一人の喪失が産み出すものは、
たった一人分ではないという事実。

大切な誰かを失う悲しみで、もう一人の大切な人たちが悲しみに侵食され、
変わり果ててしまったりする。

一人の喪失は時に、ものすごい波紋を広げ
違う人物や、これまであった風景や物、
そして自分自身すらを喪失させてしまう可能性をはらんでいる。

いっそ忘れられれば、、、
なんて、苦い恋愛をしたことなある人は少なからず思ったことがあるでしょう。
でも、忘れられない時、
形としては喪失しているのに、過去の生が、今の現実にしつこくつきまとわり、
枯れない涙を流させたりなんかする。

このどうしようもない事実にどう立ち向かうのか。
愛情や幸せだったものが引き金となり巻き起こる、長い長い喪失と再生の物語!

当たり前にある生と
当たり前に訪れる死

当たり前なことって、当たり前やから受け入れてるだけで、
そこに注目しだすと、気が狂うよね笑
そこに注目してたら人間関係なんて築けない。
すっごいすっごい大切な人になったとき、その人が死んだらどうしよ、、、立ち直れまい。
だとするとそもそも関係を築かなければいい、

なんて考えにだって及んでしまう。

でも、幸か不幸か、死は当たり前のものであるのに、
一人一回しか体験ができない。
今生きている人の中に、
なんと死を体験したことがある人は一人もいない、、、!!

このミステリアスさが、当たり前という価値をそっちのけで、
死を、遠い話たらしめてる気がする。

だからこそ、死をリアルに想像することもできなければ、
注視せずして生きていけてるような気がしている。

そんな恐ろしい、生まれながらに手にしてしまっている生死を題材にこの物語は進む。
よくもまぁ、こんな恐ろしいものを題材にしたよね。
愉快痛快、題名が
『明日死ぬかもしれない自分、そしてあなたたち』
だなんて!!
ダイレクトかつ、ダイナミックすぎる!
山田詠美の描く、こんな題名の物語、
誰がスルーできますか。。。

この題名にも、死は一人のものではないという想いがひしひしとこめられているのが、
痛いほど伝わってくる。
言い換えれば、
『明日死ぬかもしれないあなた、そして自分』
どちらが先にやってくるかはわからないけど、
どちらかが先に来る前に、手にとってほしい一冊であることは間違いない。

家族の役割分担

ご存じの通り、私微生物は4兄妹である。
天真爛漫、超自由人な兄ミクラス。
しっかりもの、つい正しさを追求しちゃいがちな私長女ミカヅキモ。
欲望に忠実な、スピリチュアルな次女ミジンコ。
理系と芸術の狭間で、ぼーっとしながら行動派な三女あんうみうし。

そして、そのイロトリドリな4兄妹ですら手のつけようがない母が君臨している。
わけあって現在父はいない。

そんな家族構成なのだが、気づかずに役割分担があるのだと思う。

兄は、私が物心ついたときから、群を抜いての自由人で、『兄感』は0値。
どちらかというと双子の感覚で過ごしていたので、
一心同体だと感じる瞬間も多かった。
次女、三女とは年齢がかなり離れているため、
生まれながらに私よりはるかに小さく弱きものであって、
今でもそのイメージがぬぐいきれない。

母と馬が合うのが三女で、手に終えない母を押し付けているのは言うまでもない笑

このジャンルは兄と話が合うし、
このジャンルを楽しむなら次女と
このジャンルなら間違いなく三女と、
などと、気づけばみんなと仲はよいが
役割分担をしているように思う。

今、微生物一家は全員大人になり、
実家からでたこともあり、
一緒に住んでいた頃以上にバランスが保てているように感じる。

もし、この中で誰かが欠けたなら、、、?

果たして誰がその役を担うのか。
空白のまま進むのか。
それぞれがカタチを変え始めるのか。

そもそも、役割分担なんて小学生のときみたいに、
私図書係!
じゃぁ、私は生き物係で!
なんて風には決めない。
生まれた順番や、個人のもつ特性があって、家族の中で自然発生的に決まっていく。
なので、この物語を読むまで、役割分担をしている意識はなかった。

でも、してたということに気付かされた。
そして今、私は長女として(長女の自覚なんかを一切追求されない環境含め)居心地が良いと思われる家族の中に、居させてもらっている。
そうしていたのではなく、
そうさせてもらっていたのだ。
驚愕!!(゜ロ゜ノ)ノ
そんなことにも気づかずに、過ごしておりました。恥

ありがたい。ほんとに。

生が輝くこと、死が恐ろしいこと。
それは大切な人がいるからで。
今の自分を大切に思えること、
それは、大切な人たちがそうたらしめてくれている事実ですら、
詠美さんは容赦なく教えてくださいましたよ。

私だって、
誰かのそんな役割分担をしていたい!
あぁ、人生とは、人と生きることやったんやね。

パワーワーダー詠美突き刺さる格言たち

この物語のいたるところに格言がちりばめられている。
それも、その人その人の体験の中に、ぽーんと気付きみたいにでてくるから、恩着せがましくもなく、
言うで言うで、今からすごいこと言うで
なんて煽ることもなく、
それこそ、突然現れて、ぐさっと刺さる。

この物語を読んだあとは、題名すら格言に聞こえちゃうんだけどもね、もう突き刺さりまくりのヅキモ。
何回もうるっとしたやん。

その中の、ひとつだけ紹介したい。
『自分が死んだら、この人はどうなるんだろう、と思いを馳せる側の人間に、あたしはなりたい』
ちょっと傲慢にすら聞こえるこの言葉。
深いい👍️←軽
この言葉、思い上がってるように聞こえもするけど、誰かを失う怖さを知ってる人だからこそ言える言葉だと思いませんか。
自分の大切な誰かを失った時、自分の絶望を想像したからこそ、体験したからこそ、
逆接で考えてみれたのでしょう。

自分が死んだあとのことなんて、知ったこっちゃない
なんて、言わずに、
その後の大切な人に想いを馳せられるって、
優しすぎませんか。
そんな風に思える人って、
自分を誰かと楽しいんでいる人だと思うのです。
人生が、「人と生きる」人生なのだと思うのです。
羨望(*‘ω‘ *)

そんな気持ちがもてる人ばかりだと、
自殺とかってなくなるかもね。
自分の命が、誰かと繋がってること、
忘れたくないね。

なんて考えさせられるパワーワードがもう、
たくさん散りばめられていて、
もはや聖書か何かかと。
ストーリー云々は別にして、
生きていく上での力を与えてくれる言葉がたくさんあるので、
絶対に本棚から手放したくない一冊にもなりました。
ありがとう!詠美よ!!
てなわけで、ヅキモ的どはまり小説をぜひ、手にとって頂けると幸いです!

・誰もが手にしている生死という題材を
 切なく美しく、そして強く描いた小説
・自分を取り巻く環境や
 人間関係の見直しがしたい方に
・大切な人がいる人に、自分の大切さを教えてくれる
・格言の宝庫!詠美のパワーワードを味わい尽くそう!

皆さま、GWは楽しんでおられますか??
是非、この1冊を手に取って頂けると、さらに素敵なGWになること間違いなし!
ではでは、感想はネタバレなしでお願いたします(^^)/
さらばっ!